いよいよ始まりました。
今年は氏子総代として列席しているので
写真はほとんど撮れないけど、
今までとは違う視点でお祭りを感じられる。
斎館の「あづまや」さんにて温泉で湯垢離のあと
斎食を頂きました。
そして湯峰王子へ、稚児さん達は金襴の装束に着替えて、
神事のあと、大日越を越えていく。
いよいよ始まりました。
今年は氏子総代として列席しているので
写真はほとんど撮れないけど、
今までとは違う視点でお祭りを感じられる。
斎館の「あづまや」さんにて温泉で湯垢離のあと
斎食を頂きました。
そして湯峰王子へ、稚児さん達は金襴の装束に着替えて、
神事のあと、大日越を越えていく。
明日からの例大祭に向けて準備。
鳥居にしめ縄を付けたり、斎館前等に榊&シデをつける。
氏子総代のみなさんとなんやかんや言いながら、
準備はボチボチ進む。
今日から本格的にお祭りの準備に入りました。
朝一番は投餅台の準備。
お祭りの締めくくりの餅投げですが、自粛の声もありましたが、
やっぱりできる事はしっかりやろうということで、決定しました。
しかし、お祭り後に向かおうと考えていた震災ボランティアですが、
先日の最大震度6強の余震から、現地とのやり取りの中で、
県外からは受け入れできる状態でないということで、
取りやめにしました。
復興には時間がかかると思うし、ニーズは刻々と変化しているハズなので、
また何か手助けできることがでてくると思う、
力を貯めて期を待とう。
橋杭岩から紀伊大島方向へ。
水道を通って、通夜島の裏を通り大島の外側へ、
ウネリは結構パワーがありいい感じ。
海金剛のダイナミックな景観を楽しみ樫野崎を回りこみ
内の海へ、風裏になり一気に静かな海になった。
樫野漁港で休憩していると、西の空がどんよりしてきた、
いよいよ南西風が吹いてきた、キッツイ向い風に奮闘した。
どうもガイド各社お客様の自粛ムードで時間があるみたい。
こんな時に被災していない僕らがじーっとしててどうするんやろか。
日々の生活・経済活動をちゃんとやらねばならないと思う。
Kayak誌の取材で海へ出る。那智~串本を漕ぐ。
汽水湖のゆかし潟から水路を通り、海へ。
日差しはいいけど風がある、
のんびり「らくだ岩」を経由して紀の松島へ、
洞窟をくぐり外周りで太地へ向かう。
保安庁の船から「波が高いから気をつけて行ってくださいね」
と声をかけられた、ここらの保安官は良く解ってるみたいです。
開設準備を進めていた「Kumano Backpackers」ですが、
先日の消防法令適合通知書を保健所に提出し、
保健所の立入検査を経て、
ようやく今日「簡易宿所」の許可を頂きました。
これで宿泊所をスタートできることになりました。
現状は東日本大震災の被災者支援(疎開地登録済)の為、
お問合せ頂きご相談の上、ご予約を承っています。
ドミトリー1泊(バンクベッド)¥3,000となっています。
当然、食事はつきませんが、
キッチン(調理・食事器具は揃っています)をご自由にお使い頂けます。
そういえば去年の春にガイド仲間のなべちゃんに手伝ってもらって、
バンクベッド(2段ベッド)作ってもらったなぁ。
1年も経ってしまった。
まあ何とか開設にこぎつけました。
大きな問題も無く厄年が終わった平成22年。
今日は、地元本宮町の地区総会がありました。
そして大きな”役”がまわってきました。
とてもありがたい事なので、引き受けることにしました。
それはなんと「熊野本宮大社 氏子総代」という役でした。
そして熊野本宮大社の例大祭が4月13~15日と10日後に迫っています。
総代は裃を着て行列に並ぶので、神輿が担げないのがちょっと寂しいけど、
大社が盛り上がるお手伝いができるのがありがたいことです。
熊野本宮は桜が満開です。
ここ数日で一気に咲きました。
熊野本宮大社 大門前のシダレがきれいです。
また、大斎原も大鳥居付近も8分咲き、
境内は満開です。
がんばろう東北!
もちろん日本は大災害に遭い、気が滅入りますが、
沈んでばかりは居られません、
災害に遭わなかった我々が今できることは、
一生懸命に通常の経済活動・生活を送り続けること。
自粛ばっかりしてると、日本経済が停滞してしまいます。
被災地の為に、誰もができること「いつも通りの生活」を
精一杯送りましょう。